私が、今までで1番尊敬している人。(ゆーゆー、40代)

私が、今までの人生で最も尊敬しているのは
旦那さんです!
私が、何も言わなくても、家事や子供達の世話や、遊び相手をしてくれます
そして何より、怒らない人?感情的にならないし 優しさであふれているんですね!
毎日、仕事で疲れてて会社でもストレスがあると思うんですけど、子供達の話し相手や、子供達の、聞いてよ!攻撃?にも、喧嘩を初めても、優しく聞いてあげるし
私が、その日の出来事や、愚痴を話しても、嫌な顔をせずに、最後まで聞いてくれます

私は、日々家事に育児と追われています、
そしてですね、自分自身に余裕がないときに
子供達が、喧嘩を始めるとですね、
叱りつけたり、怒鳴ったりしてしまう事があるんですね…
と言うか、自分の、その時のイライラした余裕のない感情を吐き出す、きっかけですね…

子供達が、喧嘩したくらいで、こんなに怒鳴ったり、怒ったりして本当に私は、
ダメだなぁ!情けないなぁ…

でも旦那さんはですね、私が、子供達に怒鳴って泣かしてしまったりしても
私の気持ちも、子供達1人、1人の気持ちも
優しく、ゆっくり聞いて
いつも解決してくれます!
常に心に余裕があり、とにかく相手の話しを
最後まで嫌な顔をする事がなく
聞いてくれます

私には真似出来ないんですよ…
本当に大尊敬していますよ!
もっと詳しく知りたい方はこちら

初めての世界観を持つ人【旅好き41歳】

自身が今尊敬している人との出会いは、30代後半で、今の職場に転職して出会いました。それまでは、平凡で刺激のない毎日を送っており、なにか趣味もあるわけでもなく、人の意見に同調するようなタイプな自身でしたが、その尊敬する人に出会ってからは、自身が今まで見てきた事ややってきた事、枠がとても狭く感じ、新しいものを色々見る事を覚えました。
例えば、今まではお金を稼ぐという事に対してただ働き給料をもらうといった固定概念の中、それをどう活かすか、増やすか等を考えた事もなく、思いつく事もありませんでしたが、その人の話を聞いた時に、営業の仕方や立ちまわり方、話し方や言い回し等、色々な面で勉強になりましたし、仕事だけでなく「1日を最大に楽しむ」というスタイルを知り、趣味を持てるようにもなりました。
1日をただなんとなく暮らしてきた自身にとっては、その人のライフスタイルが憧れであり、真似ようとしても決してできる事ではないですが、近づく努力をする事で、1日の中でなんでもいいから1つでも楽しみを見つける事をするようになりました。
その人が持つ世界観はスケールがとても大きくて、夢のような事もありますが、想像をかきたてて、興味を持たせ、楽しみを与えてくれて、それでありながら経営学的な面も勉強になり、信頼はもちろん尊敬もしています。その人からこれからももっと多くの事を引き出して学び、自身の徳を積み重ねようと思っています。もっと早くに出会っていれば、今の自身はありませんので、遅くても出会えた事への感謝はいつもしています。リゼクリニックの予約はこちら

おばあちゃん    【 こしあん 40代 】

最も尊敬する人を考えた時に、誰か一人に決めることが難しいことに幸せを感じました。

 少しわだかまりはありますが42年間定年まで働き続けた母、すぐ怒鳴るのは嫌いでしたけど家族を大切にした父、福祉の仕事で多くの人に奉仕する姉、しっかり働いて子育てに参加する兄、看護師という人様の命をあずかる大変な仕事をしながら家庭を守る兄嫁さん、仕事熱心で穏やかで優しい夫、いつも優しくて可愛い夫の母、夫と同じく穏やかで優しい夫の父、職場でお世話になった上司や同僚、家庭を守りながら働いている友人、習い事でお世話になってる素敵な先輩、先生方、今までお世話になった方、私に親切にしてくださった方、みなさんをそれぞれに尊敬しています。

 それらのたくさんの人の中で母方の祖母が最も尊敬する人です。
 働き者でしっかりしてて、頭と心が柔軟で新しいことを取り入れるのが上手で、小柄で可愛いおばあちゃんでした。
 常に「ありがとう、ありがとう。」と感謝の言葉を口にして、孫やひ孫、ご近所の方もおばあちゃんの顔を見に集まってきました。

 「働くのが一番の薬」と86才まで働きました。
 自分のことは自分でしなくてはという信念で、102才で亡くなる2週間前まで自分で食事をして自分でトイレに行きました。

 私もそうなれるように生きていきます。アリシアクリニック

嫌いな母を 結局は尊敬してます 【ミルクココア 34歳】

私の母は 父親が 癌になり看病を
したいとする為に 父と離婚。
生後6ヶ月の私を連れて 父親の家に。

そこから 母は 病院の病棟婦として
無断欠勤などもなく 真面目に働き
父親の 看病で
お金も みんなが暮らすのに
ギリギリの生活でした。
でも、明るく 声の大きい
背の小さな 小太りの母でしたが
周りの 友達の 母親は
綺麗な服装とか お化粧もしていて
生活の水準も しっかりしていて
ちゃんと した家庭に 見えていたので
なんとなく 恥ずかしかった。

今思えば 仕事の疲れと お金の事と
私の思春期で 疲れて居たのだと
よく、分かりますが
当時の私は理解できず…。

何より 子供だったら
寂しい時に 甘えれなかったのが
嫌で… 私に興味が 無いのだと
ずっと思っていたんです。
だから、かなり 冷たく接したり…

でも… 何も言わず…
怒りもせず…な 母。

でも、大人になり 自分が
結婚して 二世帯にして貰えたので
親との同居する様に なり…
親への嫌いな所が
ただの 親の性格で 淡々とした
性格の人だった だけ…で
子供への愛情表現を
母自身も 母親を子供の頃に
亡くしていたので
どぅ 表して良いのか 分からなかった
だけ だった様です。

今では 仕事を退職 してからは
孫の為に 今まで 自分でも
した事のない 育児を頑張って
くれています。

そのおかげで、孫達も 元気に
育っていて
私も 生活が楽になり
仕事にも行けるので
感謝と 尊敬をしています。
http://www.mizo-buchi.com/

これまでの人生で最も尊敬している人【40代・はなこ】

これまでの人生で最も尊敬している人は元プロ野球選手、巨人のピッチャーだった桑田真澄さんです。野球で、プロで長きに渡って活躍するにはやはり野球の練習をひたすらするだけではなかなか難しく、頭で冷静に考えること、機転が利くこと、観察力などが必要なのだなと、桑田さんを見ていると思います。とあるTV番組で桑田真澄さんが高校生のときに言っていたという名言集というのをまとめていたのですが、まず第一に「キャッチボールができればホームランを打てる」ということです。桑田さんは甲子園ではエースのピッチャーでありながら、ホームランも打ったり活躍するすごい人でした。その心は、キャッチボールができるということは、グローブの芯できっちり球を受けることなのだというのです。ホームランを打つというのは、何か特別なものがあるわけでなくボールをバットの芯で捕らえれば自然とホームランになるというのです。
だから、グローブをバットに持ち変えるだけの話なのでキャッチボールができればホームランは簡単に打てると言うのです。そんなことを高校生のうちから考えていたからこの人はすごいんだと思いました。またもう1つは「甲子園にいくなら彼女が必要」ということ。その心は、ふとした彼女との会話の中で彼女の心理と行動を推測していたというのです。それをマウンドで生かしていたというのです。そんなこと考えながら野球をしていたんですね。野球に限らず何でもそうなのではないかと思って、高校生からそんなことを考えていた桑田さんを尊敬しています。
詳しくはこちら

ピンチの時に、どう考え行動するか?【Kmini 43歳】

尊敬している人は友人のAさんです。彼女はムードメーカーで、いつも彼女の周りには多くの仲間がいて笑顔で楽しく過ごしているような人です。そんな彼女にも悲しいことが訪れました。この3年間で父親母親を、一気に亡くしてしまったのです。亡くしてしまった悲しみや、葬式のバタバタした中で、イライラしている姉を思いやり、葬儀の準備から終わるまでの事を、一人で取り仕切ったのです。そして、葬儀に参列してくれた方に対しても「仕事疲れてるでしょう。大丈夫?」「生前は世話になりました。ありがとうございました。」と、すべての人に気遣いの言葉をかける姿を見て、自分が1番辛いのに、こんな辛い時に人を気遣えるなんて、なんと素晴らしいんだろう!と感じました。人は気持ちが穏やかな時は、他人にも優しくできます。だけど自分がしんどい時、辛い時は、自分のことで精一杯になって、人を思いやる気持ちというのがどこかへ行ってしまいがちです。だけど、彼女は違う!自分が居心地の良い時でも悪い時でも、人に対する態度を変えず、優しい気持ちで、いつも接する事ができる。全ての人ができることではないと思います。彼女はいつも言います。辛い時こそ、人に笑顔を与えれば、跳ね返って自分に幸せが訪れると!このことを、口だけでなく、ちゃんと実行できる彼女を、私は尊敬しています。

シースリークーポンを利用して予約する方法はこちら

私が最も尊敬する人は、私を1番理解してくれる人【hox・20代】

私は、自分のことをあまり話したりしません。自己主張も少なく、願うことや欲しいもの、なるべく言わないようにしています。

それは、なるべく人に気を遣わせないようにしたいという気持ちがあるからで、ある意味それが、良い生き方だとも思っています。

もう何十年もそうやって生きてきているので、自分でも気づかないくらいに自然にやってしまっています。

たとえ私の行動が、誰かのためを思ってやっていたことだとしても、自分でもそれに気づけないくらいの素早さでやってしまうので、誰にもバレないし、悲しいことに感謝もされません。

感謝されるのも、なんとなく恥ずかしいので、わざとごまかして誰にもバレないように動いてるのですが、もうこの歳になると、わざとといいよりも、それが自然な振る舞いになってしまいました。

私は今まで、自分の行動の訳を理解する人に会ったことがなかったので、心のどこかで、今後もきっと、誰も私を理解する人は出てこないだろうと思っていました。

それが、私の行動を見抜きそれを理解し、感謝する人が現れたのです。それも私よりももっと素早く、それをさりげなく伝えてくるような人に。

詳しいことは個人的なことなので書きませんが、私が今まで良い行いとして思っていた自分の行動をさらに上回る人が存在し、その人はちゃんと私の行動の意味を理解してくれることに、ある意味尊敬に値するものを感じました。

私のようなカモフラージュしてる人間に対しても、ちゃんと目を配り理解を示そうとするその人の姿勢が、世の中に存在する、見えない努力をしてるすべての人への視線として感じとることができたので、その人が私にとって最も尊敬する人だと思うのです。ソシエ予約について詳しく知りたい方はこちら

尊敬しているのは長年仕事にこだわった祖父【いっこ・30代】

これまでの人生で最も尊敬している人は祖父です。祖父は戦前に故郷の北海道から東京の鋼材職人さんの元へ丁稚奉公に行った経験がありました。ですがそこのご主人がとても良い方で、技術をほぼ完ぺきにこなせるまで祖父を仕込んでくれたそうです。祖父は戦争にも出ましたが無事帰ってくることが出来、教えられた技術を元に故郷で鋼材工房を立ち上げました。
その後、祖父は90歳を超えるまで現役の職人として学校の校章や、記念碑の盤面、市民栄養賞の楯作りに携わるなど腕を振るってきました。ですが95歳手前でドクターストップがかかり、職を辞すことになりました。本人は死ぬまで生涯現役を貫きたかったようです。
最近になり100歳で没した祖父ですが、最後の最後まで非常に元気な人でした。祖父の一つの仕事に対する丁寧な姿勢や拘りは亡くなった後も非常に尊敬し、今後も一番尊敬しているのは祖父であると胸を張って言う事ができます。また自分も祖父とはジャンルが違うものの、手作りの作家として活動をしています。祖父のように息が長く活動し、丁寧な仕事でお客様に喜んでもらえるよう頑張っています。活動を通して、机に向かって懸命に作業をしていた祖父の姿が思い出されます。ブライダルエステに興味がある人はこちら

偉大な父 ピアノ40代

尊敬する人は、亡くなった父です。
父は、人の悪口は絶対に言わない人でした。嫌な目にあっても人には事情があるんだと思う人でした。
一度マンションの水漏れがあり我が家に非があったのは確かでしたが、下の階の方にも非があったのに、父は、一つも言い訳も反論もせずに下の階の要求額を現金でポンと支払いました。お金を借りに来る知り合いには、返さなくていいよと現金を渡してしまいます。
いつもお金は人に差し出す為にあるんだよと言ってかなりの収入だったのに自分や家族には贅沢をさせませんでした。
いつも勉強をしていて書斎に閉じこもっていました。勉強がわからない時は書斎に行って教えてもらってました。よく、真似から入ってオリジナルを見つけなさいと教えてくれました。私が仕事をするようになってからは社会人としての勉強の仕方を教えてくれました。自分の上司よりも的を得ています。
父が亡くなって何年も経つのに父の部下は、母の為にいまだに、お中元を贈ってくれます。良くドラマで退職した途端見向きもされない上司がいますが父は皆に愛されていました。
収入があるのに贅沢をさせてもらえない事に不満がありましたが、今となればこの考え方がお金を生むんだと感じています。ダイエットエステのランキングはこちら