これまでの人生で最も尊敬している人【40代・はなこ】

これまでの人生で最も尊敬している人は元プロ野球選手、巨人のピッチャーだった桑田真澄さんです。野球で、プロで長きに渡って活躍するにはやはり野球の練習をひたすらするだけではなかなか難しく、頭で冷静に考えること、機転が利くこと、観察力などが必要なのだなと、桑田さんを見ていると思います。とあるTV番組で桑田真澄さんが高校生のときに言っていたという名言集というのをまとめていたのですが、まず第一に「キャッチボールができればホームランを打てる」ということです。桑田さんは甲子園ではエースのピッチャーでありながら、ホームランも打ったり活躍するすごい人でした。その心は、キャッチボールができるということは、グローブの芯できっちり球を受けることなのだというのです。ホームランを打つというのは、何か特別なものがあるわけでなくボールをバットの芯で捕らえれば自然とホームランになるというのです。
だから、グローブをバットに持ち変えるだけの話なのでキャッチボールができればホームランは簡単に打てると言うのです。そんなことを高校生のうちから考えていたからこの人はすごいんだと思いました。またもう1つは「甲子園にいくなら彼女が必要」ということ。その心は、ふとした彼女との会話の中で彼女の心理と行動を推測していたというのです。それをマウンドで生かしていたというのです。そんなこと考えながら野球をしていたんですね。野球に限らず何でもそうなのではないかと思って、高校生からそんなことを考えていた桑田さんを尊敬しています。
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ピンチの時に、どう考え行動するか?【Kmini 43歳】

尊敬している人は友人のAさんです。彼女はムードメーカーで、いつも彼女の周りには多くの仲間がいて笑顔で楽しく過ごしているような人です。そんな彼女にも悲しいことが訪れました。この3年間で父親母親を、一気に亡くしてしまったのです。亡くしてしまった悲しみや、葬式のバタバタした中で、イライラしている姉を思いやり、葬儀の準備から終わるまでの事を、一人で取り仕切ったのです。そして、葬儀に参列してくれた方に対しても「仕事疲れてるでしょう。大丈夫?」「生前は世話になりました。ありがとうございました。」と、すべての人に気遣いの言葉をかける姿を見て、自分が1番辛いのに、こんな辛い時に人を気遣えるなんて、なんと素晴らしいんだろう!と感じました。人は気持ちが穏やかな時は、他人にも優しくできます。だけど自分がしんどい時、辛い時は、自分のことで精一杯になって、人を思いやる気持ちというのがどこかへ行ってしまいがちです。だけど、彼女は違う!自分が居心地の良い時でも悪い時でも、人に対する態度を変えず、優しい気持ちで、いつも接する事ができる。全ての人ができることではないと思います。彼女はいつも言います。辛い時こそ、人に笑顔を与えれば、跳ね返って自分に幸せが訪れると!このことを、口だけでなく、ちゃんと実行できる彼女を、私は尊敬しています。

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私が最も尊敬する人は、私を1番理解してくれる人【hox・20代】

私は、自分のことをあまり話したりしません。自己主張も少なく、願うことや欲しいもの、なるべく言わないようにしています。

それは、なるべく人に気を遣わせないようにしたいという気持ちがあるからで、ある意味それが、良い生き方だとも思っています。

もう何十年もそうやって生きてきているので、自分でも気づかないくらいに自然にやってしまっています。

たとえ私の行動が、誰かのためを思ってやっていたことだとしても、自分でもそれに気づけないくらいの素早さでやってしまうので、誰にもバレないし、悲しいことに感謝もされません。

感謝されるのも、なんとなく恥ずかしいので、わざとごまかして誰にもバレないように動いてるのですが、もうこの歳になると、わざとといいよりも、それが自然な振る舞いになってしまいました。

私は今まで、自分の行動の訳を理解する人に会ったことがなかったので、心のどこかで、今後もきっと、誰も私を理解する人は出てこないだろうと思っていました。

それが、私の行動を見抜きそれを理解し、感謝する人が現れたのです。それも私よりももっと素早く、それをさりげなく伝えてくるような人に。

詳しいことは個人的なことなので書きませんが、私が今まで良い行いとして思っていた自分の行動をさらに上回る人が存在し、その人はちゃんと私の行動の意味を理解してくれることに、ある意味尊敬に値するものを感じました。

私のようなカモフラージュしてる人間に対しても、ちゃんと目を配り理解を示そうとするその人の姿勢が、世の中に存在する、見えない努力をしてるすべての人への視線として感じとることができたので、その人が私にとって最も尊敬する人だと思うのです。ソシエ予約について詳しく知りたい方はこちら

尊敬しているのは長年仕事にこだわった祖父【いっこ・30代】

これまでの人生で最も尊敬している人は祖父です。祖父は戦前に故郷の北海道から東京の鋼材職人さんの元へ丁稚奉公に行った経験がありました。ですがそこのご主人がとても良い方で、技術をほぼ完ぺきにこなせるまで祖父を仕込んでくれたそうです。祖父は戦争にも出ましたが無事帰ってくることが出来、教えられた技術を元に故郷で鋼材工房を立ち上げました。
その後、祖父は90歳を超えるまで現役の職人として学校の校章や、記念碑の盤面、市民栄養賞の楯作りに携わるなど腕を振るってきました。ですが95歳手前でドクターストップがかかり、職を辞すことになりました。本人は死ぬまで生涯現役を貫きたかったようです。
最近になり100歳で没した祖父ですが、最後の最後まで非常に元気な人でした。祖父の一つの仕事に対する丁寧な姿勢や拘りは亡くなった後も非常に尊敬し、今後も一番尊敬しているのは祖父であると胸を張って言う事ができます。また自分も祖父とはジャンルが違うものの、手作りの作家として活動をしています。祖父のように息が長く活動し、丁寧な仕事でお客様に喜んでもらえるよう頑張っています。活動を通して、机に向かって懸命に作業をしていた祖父の姿が思い出されます。ブライダルエステに興味がある人はこちら

偉大な父 ピアノ40代

尊敬する人は、亡くなった父です。
父は、人の悪口は絶対に言わない人でした。嫌な目にあっても人には事情があるんだと思う人でした。
一度マンションの水漏れがあり我が家に非があったのは確かでしたが、下の階の方にも非があったのに、父は、一つも言い訳も反論もせずに下の階の要求額を現金でポンと支払いました。お金を借りに来る知り合いには、返さなくていいよと現金を渡してしまいます。
いつもお金は人に差し出す為にあるんだよと言ってかなりの収入だったのに自分や家族には贅沢をさせませんでした。
いつも勉強をしていて書斎に閉じこもっていました。勉強がわからない時は書斎に行って教えてもらってました。よく、真似から入ってオリジナルを見つけなさいと教えてくれました。私が仕事をするようになってからは社会人としての勉強の仕方を教えてくれました。自分の上司よりも的を得ています。
父が亡くなって何年も経つのに父の部下は、母の為にいまだに、お中元を贈ってくれます。良くドラマで退職した途端見向きもされない上司がいますが父は皆に愛されていました。
収入があるのに贅沢をさせてもらえない事に不満がありましたが、今となればこの考え方がお金を生むんだと感じています。ダイエットエステのランキングはこちら